▲洋館の表情:町並みのアクセントともなっています
■“まちの宝物”として大切にしていくための活動
洋館付き住宅がたくさん残る横浜で、長く住み続けて、“まちの宝物”として大切にしていくための、専門家と市民による活動を展開しているのが、よこはま洋館付き住宅を考える会(Y.Y.J.K.)です。
Y.Y.J.K.は、1999年4月の発足以来、さまざまな活動を展開しています。その中心になっているのが、横浜市内各地域の洋館付き住宅の調査と居住者に対する住み続けるための支援。調査では、市内の洋館付き住宅を足で探して記録し、データベースを作成しています。この成果
を活かして、年数回見学会を実施。ほとんどは外観だけを見て歩きますが、親しい居住者の方には内部を見せていただくこともあります。居住者支援では、長く住み続けるための修理の進め方などについて、専門のスタッフが相談に応じており、現在、3軒のお宅の改修・補修プロジェクトが進んでいます。
このほかにも、“昭和の暮らし体験学習プログラム”の開発に取り組み、小中高校生などを対象に、当時の生活用具などを活用した体験学習の機会を提供したり、ほかの地域で建物の保存・再生活動を行っている市民団体との交流などを実施しています。こうした活動の成果
は、会報「ハイカラくらしすまい通信」やホームページで公開されており、誰でもその情報を入手することができます。
▲(左)見学会の様子(右)他地域で活動する市民団体といっしょに改修中の洋館付き住宅を見学
▲高校生を対象とした昭和のお掃除体験
■70年を経ても大切にされている家
洋館付き住宅の多くは、増改築を繰り返しながら、時代の変化に伴う住み手の要求に応えてきた様子が見て取れるといいます。洋館付き住宅のこうした柔軟さは具体的にどこにあるのか、兼弘彰氏(Y.Y.J.K.会員、建築家)の説明に耳を傾けてみましょう[註2]。
1点目は、居住性を維持していること。これは、まず「中廊下」の存在がポイントになるようです。伝統的日本家屋の間取りを踏襲しながら、他の部屋を通
過せずに部屋間の移動を可能にする「中廊下」。日本家屋の柔軟な使い勝手と各部屋の独立性を両立させます。また、書斎や応接間、茶の間、寝室など、機能をある程度限定した居室の採用は、接客や冠婚葬祭などの行事に重点を置いた従来のスタイルに比べ、家族の生活を優先し、現代の生活にも対応できています。
2点目は、性能を維持していること。詳細は省略しますが、洋館部分も和館もともにメンテナンスがしやすくつくられているとのこと。古くから住み続けている家には、近年まで近所に面
倒見のいい職人さんがいました。地域産業としての建築業や材料の流通 、職人さんたちのネットワークによって、こうした性能は維持されてきたのです。
3点目は、住宅の価値が目に見えること。まず、素材の価値。無垢の木材、装飾が施されたガラス、鋳物・真鍮・銅などの金物類など。これらの素材は年月を経るほど魅力が増していきます。また、外観のランドマークとしての価値。洋館部分の外観は、屋根や窓、壁など、その家によってさまざまな趣向が凝らされており、とても個性的です。その家のシンボルであると同時に、近隣のランドマークとしても愛されています。
▲洋館付き住宅の居住性のポイントは「中廊下」
■洋館付き住宅を保存すること
これまでに、私も3軒の洋館付き住宅の内部を拝見しました。いずれも、改修工事中や空き家で居住者の方がおられず、遠慮なく拝見することができました。家とは、誰もがその社会的立場などのよろいを脱ぎ捨て、体をふっと投げ出せる場所。はじめて洋館付き住宅のなかに足を踏み入れたとき、私は自然と体を投げ出すことができました。まるで自分の家のように…。さらには、はじめてなのにとても懐かしい空間が、知るはずのない数十年も前の時間を私に経験させてくれたのです。ここは「時間の入口」なのだ。ふと、そんなことばが浮かびました。
また、2軒、3軒と拝見するうちに、「空間の入口」でもあるということを感じるようになりました。拝見したお宅からイメージはさらにまだ見ていない多くのお宅へ、そしてそこで営まれているであろう生活へと広がりました。ささやかで平凡な、しかしそこにしかない確かな生活があること。確かな生活とは、具体的ななにかではなく、ニュアンスや肌理、手触りといった、なかなかことばでは表現しにくい大切ななにかを実感できること。
洋館付き住宅は、「固有名詞の建物」ではなく、「普通名詞の建物」です。その保存・再生を図るためには、従来の「固有名詞の建物」の保存・再生の論理ではない、「普通名詞の建物」の保存・再生の論理を構築していく必要があります。そのための果敢な挑戦が、Y.Y.J.K.の活動です。
「単に建物を残すということでなく、愛着や価値を損なわない改修手法、機能の保全、そのための地域の技術者のネットワークづくり、地域住民の価値観や地域全体での住環境に対する意識の向上といったさまざまなことがらを同時に進めていかなければならない」。このような明確な目標を掲げるY.Y.J.K.が、今後どのような理論とその実践方法を構築していくのか。期待はけっして小さくありません。